福岡高等裁判所 平成4年(行コ)10号 判決 1993年4月27日
福岡県筑紫野市大字二日市七〇八番地五号
控訴人
筑紫税務署長 原永茂
右指定代理人
菊川秀子
同
白濱孝英
同
樋口貞文
同
内藤幸義
同
荒津惠次
同
福田寛之
福岡県春日市春日原東町三丁目三五番地
被控訴人
久保信一郎
右訴訟代理人弁護士
日野孝俊
同
加藤達夫
同
岡崎信介
同
新宮浩平
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
三 控訴費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
当事者双方の主張及び証拠の関係は、原判決三枚目裏7行目「に対して」の次に「同会社所有のビル(以下「本件ビル」という。)につき」を加え、同八行目及び四枚目裏初行に「同ビル」とあるをいずれも「本件ビル」と、同五枚目表二行目「貸し付けられた」とあるを、「貸し付けた」と各訂正するほか、同判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(一)及び控訴人の主張1(一)、(二)について判断する。
被控訴人が、熊本相互銀行(現在熊本銀行)から三〇〇〇万円を借り入れ、富永建設に対して二九六五万円を支払ったこと、被控訴人主張の支払利息のうち二一七万八四九一円が右借入金に対する利息であることは、いずれも当事者間に争いがない。
末尾括弧書き記載の証拠によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は、公立病院等で産婦人科の勤務医をしていたが、同人の妻桂子やその父の勧めで、昭和五二年五月、桂子の父を代表者とする平安ビルが被控訴人の開業用に買い取ったビジネスホテル(本件ビル)の一階部分を借り受けて改装し、久保産婦人科医院を開業した。被控訴人は、技能の優れた学者肌の医師ではあるが、対外的な交渉等は苦手で、桂子が代わってこれに当たることがあった。もっとも、桂子も実社会で働いた経験がなく、被控訴人の医院でもその雑用を担当する程度で医院の経理や事務を処理するわけではなかった。(乙第二〇号証の一、原審及び当審の証人久保桂子の証言、弁論の全趣旨。なお、乙第二一号証)
2 桂子は、昭和五九年九月ころ、富永建設の副社長と称する木村松代から誘われる形で知り合いとなり、同女の肩書や容姿及び各界の有名人の紹介を受けたことからその人物を深く信用するようになって、例えば木村に「富永建設は、日本で鹿島建設を抜くようないい会社よ」といわれて単純にそれを信じるほどであった。また、桂子は当時、被控訴人の医院の営業収入が昭和五八、五九年と年間五〇〇〇万円を超える好成績であったことから、木村に被控訴人の医院に白蟻の被害で傷んだ部分があることや、当初から未改修であった厨房も古くなっていて改装の考えのあることを伝えていた。木村は、そのことから、富永建設の代表者富永時義を桂子に紹介し、同人からは、他の場所に医院を新築することを勧めたりしたが、結局そのような話は現実化はしなかった。(乙第三、四号証、第一一、一二号証、原審証人富永時義の証言、前掲桂子の証言)
3 桂子は、昭和五九年一〇月ころ、木村からの紹介で熊本相互銀行の担当者海悦清英の訪問を受け、富永建設と被控訴人との間の医院改装工事の工事請負契約書(同年一一月一日付け、請負金額三二五〇万円-甲第一号証)と右工事の見積書(甲第二号証)を提出した結果、同銀行は、同年一一月二九日、被控訴人に対し使途を「病院内部改装資金」として三〇〇〇万円の融資を決定した。(甲第一、二号証、第四ないし第六号証の各一、二、原審証人海悦清英の証言、前掲桂子の証言)
4 しかしながら、右改装工事については設計図も仕様書も作成されておらず、桂子にしても被控訴人の医院の改装がどこをどの程度改装するのかについて全く具体的な内容を知らないし、前記見積書によればほとんど全面的な工事であるのにその間の被控訴人の診療活動をどうするかについても全く考えていなかった。(甲第二号証、乙第五証、前掲桂子証言、弁論の全趣旨)
5 海悦は、昭和五九年一一月三〇日、本件融資の実行として、被控訴人の医院に内金二〇〇〇万円の現金を持参して被控訴人夫婦に交付したが、被控訴人夫婦は、その場でそれを前記富永時義に交付した。さらに、海悦は、請負代金の全額に近い前払いは特殊だとは感じながらも、同年一二月五日、桂子の了解のもとに貸付金の残りのうち九六五万円を直接富永建設に持参して交付した。しかし、工事請負契約書上は、代金の支払方法については契約成立時、内部壁工事完了時、及び完成検査合格時に各三分の一ずつ支払うことになっている。(甲第一、二号証、前掲桂子、同海悦、同富永の証言)
6 富永建設は、昭和五九年一二月、被控訴人の医院の厨房において冷蔵庫を移設してベンチを設置したり、陳列だなを設置したり、壁の一部を塗装したりする工事をしたが、それは、前記見積書で予定されていたような全面改装の一環ではなく、桂子は、同年末に請求を受けて八〇万円を支払い、「厨房改修工事」代金としての領収書の交付を受けている。しかし、前記工事請負契約書や見積書で予定された工事は全く着工されていない。(乙第一五号証、前掲桂子(部分)、同富永証言)
7 桂子は、昭和五九年七月三一日、被控訴人の妹に融資してやる等の目的を秘して、病院内装工事資金の使途名目で、熊本中央信用金庫本店から被控訴人名義で五〇〇万円を借り入れたほか、同年一二月二二日、昭和六〇年三月八日にも、富永螢雪作成の工事見積書を利用して、肥後相互銀行下通支店、肥後銀行東支店から、各五〇〇万円を同様に使途を偽って借り入れている。(乙第一七ないし第一九号証の各一ないし三、前掲桂子の証言)
8 富永建設は、被控訴人から交付を受けた二九六五万円を借入金として経理処理しており、同社は、昭和六〇年九月に手形不渡りにより倒産したが、その以前に、数回、三、四〇万円(なお、被控訴人の三〇〇〇万円の借入金の元利金の支払い月額は三五万六九二七円である。)を被控訴人方に届けているし、富永建設が倒産した後に作成された債権者一覧表には、桂子が一般債権者として掲記されていた。また、富永時義は、昭和六九年一月には、被控訴人が信販会社二社から各二〇〇万円を自動車購入代金名目で借り入れる際の連帯保証人になったりしている。(甲第六号証の一、二、乙第三、四、第六ないし第八号証、第三七、第四十一号証の各一、二、前掲富永、同桂子(部分)証言)
9 富永時義は、昭和六〇年五月四日付けで、桂子の依頼を受けたと称する第三者に要求されて自己所有の土地に、桂子を債権者、自己を債務者とする債権額二三五六万四〇〇〇円の抵当権設定登記をした。(甲第九号証、前掲桂子、当富永証言)
以上の事実に乙第三、四号証、第九号証及び富永証言を総合すれば、前記工事請負契約書(甲第一号証)及び見積書(甲第二号証)は、銀行借入れのために便宜上作成されたものであり、被控訴人から富永建設に交付された二九六五万円は、被控訴人医院の改装工事代金として支払われたものではなく、被控訴人から富永建設への貸付金として交付されたものであると認めるのが相当である。したがって、被控訴人の熊本相互銀行からの三〇〇〇万円の借入れは、右富永建設への貸付の資金とするためになされたものと認めるべきである。
右認定に反する前掲桂子証言(部分)は、乙第三、四号証の各記載及び富永証言と対比し、また前記認定の諸事情に照らしてたやすく信用できない。同海悦証言も被控訴人らが改装工事資金の名目で借入れを申し込んでいることからそれを信じていただけあって、証人自身、代金の支払い方法に疑問を持っていたことは前記認定のとおりであり、右認定を左右するものではない。また、被控訴人の主張に沿う甲第三号証の富永時義作成の念書も、その作成過程に問題のある者が関与していることは前掲桂子証言でも明らかであって、必ずしも採用できない。
以上のとおりであって、被控訴人が富永建設に支払った金員は、同社に対する貸金であって、その事業の遂行上生じた債権とは認められず、また熊本相互銀行からの借入れは右貸付の資金にするためのものであるからその利息の支払は必要経費とは認められないというべく、そうすると控訴人がした債権償却特別勘定繰入の否認、及び支払利息の一部否認は正当であって、何ら違法な点はない。
三 請求原因2(二)及び控訴人の主張1(三)について判断する。
本件ビルの一部を被控訴人及びその家族が居住用に使用していたことは、当事者間に争いがない。
末尾括弧書き記載の証拠によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人らの家族は、産婦人科医院開業後、しばらくは桂子の父母の要望もあって、本件ビルに隣接する桂子の父母の自宅に居住していたが、子供の成長に伴って手狭になるなどの理由から、空室で倉庫代わりなどにしていた本件ビルの二階部分の一部を整理して子供らの居室にし、その後被控訴人夫婦もこれを利用するようになった。(前掲桂子証言)
2 被控訴人は、本件ビルの家賃を平安ビルに支払っていたが、その額は変遷はあるものの、平安ビルと同一の税理士に納税申告をしてもらう際に事業の必要経費になる分と居住用でそれにならない分を分けて申告していた。ちなみに昭和五九年分の全体の支払家賃は、九一〇万円で、うち必要経費算入額は七六六万円である。(乙第一〇ないし第一二号証、第二一号証、第二二号証の一、二、前掲桂子証言(部分))
3 桂子は、本件ビルの所有者である平安ビルの代表者が父であるため、居住用の部分は無料だと思っていたが、それを明確に父に尋ねたわけではないし、前記2のような申告がなされていることも知らなかった。(前掲桂子証言)
4 被控訴人は、昭和六一年三月一五日にした昭和六〇年分所得税の青色申告において、全体の地代家賃と必要経費算入額を同一の九二四万円として申告をした。(乙第一三号証)
以上の事実によれば、被控訴人の昭和六〇年分の地代家賃の申告には、本来経費には算入できない居住用の分が含まれているものと認めるべきであり、右家賃を面積で按分して経費に算入できる部分以外を否認した控訴人の判断は正当であるといわなければならない(なお、被控訴人は、本件の審査請求の段階では控訴人の主張を争っていない。-乙第二号証)。
四 控訴人の主張2、3は、前記一ないし三で説示の事実関係に基づけば、理由があると認められる。
五 そうであれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 有吉一郎 裁判官 山口幸雄)